宿泊業はSDGsと密接な結びつきをもちます。地域とともにあるのが宿泊業ですから、「目標11.住み続けられるまちづくりを」や働いてくれるスタッフの労働環境の改善「目標8.働きがいも経済成長も」をターゲットとする事業者も多いでしょう。あるいは、地元で調達された材料や製品を使用したり、地元企業と協力することは、SDGsの「目標12.つくる責任、つかう責任」、「目標17.パートナーシップで目標を達成しよう」の項目に該当します。ホテル業界におけるSDGsへの取り組みとして、地域との結びつきは大きく注目されています。
宿泊業界に特化した特定技能人材サービスを展開する株式会社ダイブ(東京都新宿区、庄子潔社長)と全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会青年部(東京都千代田区、塚島英太部長)は2023年7月18日、宿泊業界における特定技能の現状と課題を提起する記者発表を開きました。在留資格の特定技能に係る国の制度運用が緩和されたことを受け、外国人人材の活用が進むことへの期待と受け入れ環境整備の必要性などをクローズアップしています。
宿泊業も特定技能2号の対象分野に
2019年に創設された特定技能は少子高齢化の急速な進展に伴う労働者不足への対応を目的とする制度で、一定の技能と日本語能力を満たした外国人を12分野で受け入れています。通算で最長5年の在留期限が設けられている1号と、上限のない2号があり、熟練技能が求められる2号は要件を満たせば家族の帯同が認められて永住も可能です。
これまで2号の対象は建設分野と造船・舶用工業分野の溶接区分のみでしたが、産業界の人手不足が深刻化する中、政府は2023年6月9日に介護を除く全ての分野への拡大を閣議決定しました。宿泊業で従事できる業務内容はフロント、企画、広報、接客、レストランサービスなど幅広く、長期的な雇用を見込める2号追加は企業にとって追い風となります。
人手不足が深刻化も外国人採用の施設は半数以下
ダイブ 菅沼基ゼネラルマネージャー
都内の全国旅館会館で開かれた記者発表では、同社の外国人人材サービスユニットでゼネラルマネージャーを務める菅沼基氏が外国人雇用の現状と今後の課題を説明。新型コロナウイルスが5類感染症に移行した5月に全国318社の宿泊施設から回答を得たアンケート結果を基に、人手不足を感じている施設が87%に上っていることを明らかにしました。
一方、アンケート結果では特定技能人材を採用した施設が46%にとどまり、制度の活用が進んでいない現状が浮き彫りに。菅沼氏は「日本人の働き手を募集しても反応は乏しいが、宿泊業界で働くことを希望する特定技能人材は61%と非常に多い。特定技能分野で最も人気があるのは宿泊業界で、業界を挙げて採用を加速していただければ」と期待しました。
2号追加は「未来を描く安くなる制度」
全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会青年部 塚島英太部長
続いて、長崎市内でホテルなどを経営する塚島氏が2号追加を巡る宿泊施設側の反響を紹介。「コロナ禍の出口がようやく見えて需要回復の足取りが確かなものになったにも関わらず、人材の確保がままならない状況が全国で生じている」と窮状を明かしつつ、安定的で持続的な経営を後押しする2号追加を「未来を描きやすくなる制度」と高く評価しました。
特定技能人材に対する業界内の理解、採用意欲が高まっている中、1号ビザで働いている外国人が2号ビザの取得を目指している動きも取り上げ、「外国人はもはや一過性の労働力ではなく、業界全体を支えてくれる主力として考えている」と強調。青年部としても、外国人が働きやすい制度の構築や業界内の情報共有に力を入れる方針を明らかにしました。
特定技能人材の雇用で「社内全体が明るくなった」
油谷湾温泉ホテル楊貴館取締役の岡藤明史取締役(中央)と1号外国人として同ホテルで働くレジーナさん(左)とアンドリーさん(右)
記者発表では特定技能人材の導入事例も紹介され、山口県長門市の油谷湾温泉ホテル楊貴館取締役の岡藤明史氏と、1号外国人として同ホテルで働く東南アジア出身の男女2人がオンラインで登場。人口3万人余りの同市には年間241万人(2019年)もの観光客が訪れている中、人口減に歯止めが掛からない状況下で就業者の確保が大きな課題となっています。
岡藤氏は「宿泊産業は地域を支えているが、限られた人材を他業種と奪い合っている状態」と述べ、特定技能人材について「熱意と意欲があり、サービスの現場で大活躍していただいている」と説明。「スタッフとの交流も積極的で、社内全体が明るくなった」とも語り、特定技能人材の雇用が職場環境の向上にも役立っていることを報告しました。
日本語学習のサポート機会充実が長期就労の課題
また、2号追加に対しては「業務の技術や知識、言語、日本文化への適応の面でより成長していただける機会が増えるため、重要な戦力としての採用が可能になる」と歓迎。「家族と共に暮らせる制度は生活満足度の向上につながる。彼らが安心して働ける環境を一緒につくれるようになったので、我々もしっかりと支えていきたい」と話しました。
特定技能人材の2人も「宿泊業界は本当に良い仕事。先輩たちが優しく教えてくれるので、いろいろなことができるようになった」「2号追加は魅力的なきっかけ。日本の宿泊施設について学び、将来は開業したい」などとコメント。一方、日本で長期就労を目指す上での課題として、日本語学習のサポートを受けられる機会の拡充を求めました。
スムーズな受け入れには雇用側の意識改革も重要
記者発表の終盤では、菅沼氏が宿泊施設側に求められる対応について触れ、「外国人を単なる労働力として受け入れるのではなく、なぜ外国人が必要なのかという理由を現場の従業員に理解していただくことから始めなければならない。仲間として受け入れていただけなければ、外国人も日本人も互いに不幸な状況になってしまう」と指摘しました。
青年部労務人材担当の菅原真太郎副部長
記者発表に同席した同青年部労務人材担当副部長の菅原真太郎氏も「雇用側の意識改革は非常に重要。言葉や文化が異なる外国人をリスペクトし、待遇も改善して働きやすい環境を整えなければならない。特定技能人材だからといって即戦力になってもらうことばかりを期待するのではなく、長期的なビジョンを持った社内の教育制度が欠かせない」と話しました。
宿泊産業のサステナブル経営などに不可欠
なお、5月末現在の1号外国人数は16万7313人です。分野別では飲食料品製造業が5万1915人と最多の一方、宿泊業は12分野で最少の265人にとどまっています。宿泊産業におけるサステナブル経営の実現はもちろん、2030年の訪日外国人数6000万人という政府目標の達成を後押しする上でも、特定技能人材の活用に向けた取り組みが急がれます。